同 子どもの人権と法に関する委員会 委員長 木村一優
同 福祉に関する委員会 委員長 本田秀夫
⺠法改正により、離婚後に⽗⺟双⽅を親権者とする「共同親権」が選択可能な制度の導⼊が予定されています。両親の離婚は⼦どもの⼼⾝に⼤きな影響を及ぼしますが、⼦ども⾃⾝には、⾃らの⽣活環境を選び取る⼒や⼿段が⼗分には備わっていません。制度の理念として掲げられる「⼦どもの利益の実現」という点には、私たちも⼤いに賛同いたします。⼀⽅で、⼦どもの権利の保障や児童精神科の現場実務の観点からは、我が国における「共同親権」制度の導⼊には、依然として多くの課題が残されています。
第⼀に、「⼦どもの利益」を理念として掲げつつも、⼦どもの意思や思いを実質的に尊重する仕組みが脆弱である点が深刻な課題として挙げられます。⾯前での家庭内暴⼒を⽬撃した⼦どもや虐待を受けた⼦どもが、別居親との接触に強い拒否反応を⽰しても、それが「同居親による刷り込み」と⾒なされ、⼦どもが望まない親⼦交流を強いられることも懸念されます。こうした状況は、⼦どもの尊厳と主体性を損なうものであり、⼦どもの権利条約の理念とも乖離します。
第⼆に、親権や監護をめぐる申⽴制度の複雑化により、親同⼠の争いが⻑期化し、⼦どもが安⼼して⽣活できなくなるおそれがあります。またこのような複雑な制度の理解を⽀援する仕組みも担保されておりません。そのような状況においては、⽣活に逼迫した、⽀援が必要な親⼦ほど制度の⽀援を受けられないという⽭盾が⽣じえます。
第三に、医療や福祉の現場における混乱を招くおそれがあります。児童精神科医療現場における医療保護⼊院は⼦どもにとって⼼⾝に重⼤な影響を与える医療⾏為の⼀つであり、「共同親権」制度が導⼊された後は、共同での意思決定がなされることが想定されます。両者に話し合いがもてる関係が維持されていれば問題ありませんが、そうでない場合には適切な医療⾏為が提供されなくなるおそれがあります。また、急迫を要する医療⾏為として緊急に⼊院を余儀なくされる場合には単独での意思決定に問題はないとされていますが、⼀⽅の親が異議を申し⽴てることで、⼦どもの⼼⾝の健康や安全のために必要な医療の継続が妨げられるおそれもあります。
児童福祉の現場においても、⼀⽅の親が⼦どもの⼀時保護を不同意とすることで、⼦どもを虐待から守ることが難しくなることが懸念されます。
このような制度上の不確実性は、児童精神科医療や児童福祉の現場に深刻な混乱を引き起こし、⼦どもの⼼⾝の健康を著しく脅かしかねません。
「共同親権」制度は多くの国で導⼊されていますが、その実施にあたってはいくつかの課題も浮かび上がってきています。オーストラリアではかつて導⼊された「平等な共同親責任制度」が、「平等な時間を⼦どもと共有すること」を重視するあまりに家庭内暴⼒(DV)などへの配慮を⽋いたために、⼦どもの安全と意思が軽視される運⽤となったことが社会問題となりました。そこで、2019 年以降は制度の⾒直しが進められ、親の権利よりも⼦どもの安全を優先する枠組みへの転換が図られています。
イギリスにおいても、私法(private law)における親責任制度が採られていますが、虐待が深刻なケースにおいても、裁判所が両親の協⼒を期待し続けたり、虐待の有無にかかわらず何らかの形で接触を命じたりすることで、⼦どもが望まない交流を強いられる事例が指摘されています。こうした実態は、英国司法省による2020 年の報告書(“Assessing Risk of Harm to Children and Parents”)でも明らかにされており、同報告では、⼦どもの安全と意思を最優先に据えた制度への転換が強く提⾔されています。
⼦どもの声を聞く⽴場である私たちは、「共同親権」制度の導⼊にあたって、制度理念と実務運⽤の乖離を⾒過ごすことなく、⼦どもの意思や思いと権利、⼼⾝の安全を最優先とした制度運⽤がなされるよう強く要望します。そして、この法改正が⼦どもたちの⼼⾝に与える影響についても継続的に⾒守ることができる制度運⽤がなされることを強く要望します。
⼦どもの意思や思いを汲み取ることができること、そしてその意思や思いが制度に届くこと。それこそが、法改正における制度運⽤の根幹として捉えられるべきです。