学会倫理綱領

前文

一般社団法人日本児童青年精神医学会は、1996年8月の世界精神医学会総会において採択された「マドリード宣言」と1999年8月の同総会で承認された倫理ガイドライン特別項目を基本にして、ここに会員の遵守すべき倫理綱領を制定する。
今日、国内外において子ども(児童及び青年)の精神保健をめぐる深刻な問題が多様に出現しており、その背景には家族・学校・地域社会における人間関係や慣習、生活環境、文化の変貌等がある。そのため、児童青年精神科医をはじめとして臨床と実践の仕事に携わる専門家への期待が世界的に高まっている。
さらに、精神科医療、保健、福祉、教育、司法等対人援助分野の専門性に対する社会の意識も大きく変化し、各分野の専門家と子どもとの関係のあり方、治療・援助方法などに変更を求め、研究上また臨床上において新たな倫理的基準を求めるようになってきた。
医療は、癒しのサイエンスであり、かつアートである。この組み合わせのダイナミクスは、精神的に病み、また障害をもつものを保護し、ケアし、治療することを専門とする精神科医療、とりわけ児童青年期精神科医療において顕著に現れている。ここでは、治療的介入や研究活動が子どもの心身の機能および人権に対して侵襲的なものにならないよう十分な配慮が必要である。

基本原則

児童青年期精神科医療は、子どもの精神障害などに対して、最良の治療を提供し、かつ精神的に悩む人達のリハビリテーション、精神保健を含めた予防医学的活動の推進、心身の発達支援を目指す児童青年精神医学を中心とした学際的領域である。
会員は、子どもに対して習得した科学的知識と臨床経験並びに倫理的原則に調和した最高の治療・援助を提供するよう努める。
会員は、契約関係にある子どもへの制限が最小限になるような治療的介入を工夫し、必要があれば他分野との連携を積極的に図る。また、会員は保健資源の公正な配置に注目し必要があればその改善のために努力する。

会員の義務

会員は、この分野の科学的知識・技術の習得の義務とともに最新の知識を他に伝達する義務をもつ。また、研究に従事する会員には、科学的に未開拓な領域の発見と検証に努力する義務がある。

国際協力

会員は、国際的視野と見地の下で臨床と研究を進めるとともに、国内外の専門家と協力して世界の子どもたちの精神保健の維持と改善に努力する。

発達する存在への配慮

会員は、治療や援助の対象としている子どもが急激な発達的変化の途上にあることに十分に留意しなければならない。
子ども期は発達上の個人差が著しく、症状の変化も激しい時期にあるので評価は慎重でなければならないし、薬物の使用などの医療的処置やその他の臨床的対応にも慎重でなければならない。
契約関係にある子どもが年少であったり、障害のために的確な判断ができない場合は、会員は保護者と十分に話し合いを行い、子どもの人間としての尊厳と権利を保護するために法的助言を求める。
治療援助を行わなければ、子どもまたは子どもの周囲の人達、あるいは両者の生命と安全を危険に晒すことになるという場合を除いて、会員は子どもまたは保護者、あるいは両者の意思に反した治療はいかなるものも行うべきではない。

インフォームド・コンセント

会員が一人の人を調査・評価する場合、その目的、その結果の用途、その結果によって起こり得る影響を、調査・評価される当事者および/または保護者に告知・説明し、理解・了承を得る努力をする義務がある。会員が第3者的状況にかかわっているような場合、これは特に重要である。
会員は、諸種の事情で契約関係にある子どものインフォームド・コンセントを得られない場合であっても、アセントを得る努力はするべきである。
治療・援助過程において、子どもとその保護者はまさしくパートナーとして認められるべきである。治療・援助者と子どもおよび保護者との関係は、子どもおよび保護者が十分な情報を得た上で自由に自己決定ができるように、相互信頼と尊敬に基づかなければならない。また、会員は、子どもとその保護者が自身の個人的価値と考えに基づいて合理的な決定ができるように、必要な情報を提供していかなければならない。

守秘義務

治療・援助関係の中で得られた情報は守秘されるべきであり、その子どもの精神保健の改善にのみ用いられるべきで、それ以外に使用してはならない。
会員は個人的理由で、また経済的あるいは学問的な利益のために、契約関係にある子どもに関する情報を本人や家族の了解なしに使用することも禁じられる。
守秘義務の不履行は、秘密を保持することによってその子どもや保護者または第3者が重大な身体的・精神的な危害を被る可能性が高い時にのみ妥当とみなされる。しかし、こうした状況の時も、会員はできるだけ子どもがとるべき行動について、先ず子どもまたはその保護者に助言すべきである。

職責上の人権侵害行為(パワー・ハラスメント)の禁止

会員は、いかなる理由があっても職責上、子どもや保護者に対してセクシャル・ハラスメントなどのパワー・ハラスメント行為をしてはならない。また、会員はパワー・ハラスメント行為と誤解されないように自己の行為に対して日常的に配慮する必要がある。

研究上の留意事項

子どもを対象とする研究を行う場合、会員は研究の計画と実施に関する国内または国際的ルールに従う。ここでいう研究とは臨床研究、疫学研究、社会的研究、生物学的基礎研究などを含む。
子どもは、心身ともに急激な発達の途上にあるため、研究対象とする場合には彼らの精神的・身体的安全性についてはもちろんのこと、その自律性の保護には特別な注意を払う必要がある。
会員が研究を行う場合、原則としてその研究計画書を各施設の倫理委員会に提出し、その審議と承認を得てから行わなければならない。
この倫理綱領の内容が、施設における倫理委員会の規定と矛盾する場合には、より患者の利益を優先した判断を下すべきである。
施設内に倫理委員会が設置されていない場合においても、何らかの形で倫理的検討を行う必要があり、その経緯を記録に残す必要がある。

付記

  1. この学会基本理念と倫理綱領は、国内外における研究と臨床の進展、ならびに関連する領域の規範の変化に応じて、再検討される。
  2. 臨床研究上遵守すべき規範については、日本精神神経学会が承認(1997年5月30日)した「臨床研究における倫理綱領」を当面準用する。
  3. 一般社団法人への変更に伴って平成25年9月8日に改正