2018.06.17「児童・生徒のいじめによる被害や自殺等の重大事態に関する第三者委員会」への委員の推薦について

平成30年6月17日

「児童・生徒のいじめによる被害や自殺等の重大事態に関する第三者委員会」への委員の推薦について

一般社団法人日本児童青年精神医学会 代表理事 松本英夫
教育に関する委員会 委員長 野邑健二

1 はじめに
 いじめのために自殺などの重大な転帰に至ることは少なくない。平成23年3月「児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議」において、「子どもの自殺が起きたときの調査の指針」が策定された。続いて、この指針を踏まえ適切に背景調査がなされるよう、平成23年6月文部科学省初等中等教育局長通知「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方について」で周知された。この指針は、児童生徒の自殺事案に関して中立的な立場の専門家を加えた調査委員会(以下、第三者委員会という)を設置することや、背景調査を行う際の具体的な手順と結果の報告、今後の自殺予防・再発防止のための結果の活用について言及している。
 また、平成25年6月には「いじめ防止対策推進法」が議員立法によって可決成立、同年9月に施行され、いじめに起因する重大事態に対して学校設置者が調査を行うことが定められた。その付帯決議の中で、いじめ防止等の対策のための組織に専門的な知識および経験を持つ第三者等の参加を図り、公平性と中立性が確保されるよう努めることが触れられている。こうしたなかで、学校や教育委員会が主導する第三者委員会の委員構成や調査結果については、より一層の第三者性が求められることとなり、平成26年7月の「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針」の改訂、及び平成29年3月の「いじめの防止等のための基本的な方針」の改訂において、第三者委員会の構成として、職能団体や大学、学会からの推薦等により、公平性と中立性を確保するように努めることが強調されている。
 このような背景のもと、日本児童青年精神医学会(以下、本学会という)に対して、第三者性を担保するために専門職能団体として委員の推薦を依頼されることが増加した。本学会の学会理念ならびに専門性、特に児童生徒のメンタルヘルスや学校保健に密接な関わりを持って活動してきたことを踏まえ、本学会員の内諾を得た上で委員推薦を積極的に行い、本学会会員も多忙な本務がありながらもこの要請に応じてきた。その一方で、平成28年10月以降、本学会が推薦し第三者委員会委員を務めた医師から聞き取りを行うなどして、本学会としての総括作業を進めてきた。また、理事会や委員会のみならず、総会シンポジウムとしても本テーマを扱い、第三者委員会のあり方を巡り検討を行ってきた。
 その結果、第三者委員会の現状には問題点が少なくないことが明らかになった。とりわけ、平成29年3月の「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」の改定以降は、本学会として委員の推薦に関する体制が十分に整っていないとの結論に至り、推薦の枠組み作りが終了するまでの間、委員の推薦を見合せることとした。そのうえで、事務局運営委員会と教育に関する委員会、理事会で検討するとともに、ワーキンググループを設置して検討を重ね、第三者委員会のあり方について問題点を整理した。以上のような経緯のうえで、特定の要件のもとであれば本学会としての委員推薦を再開しうるとの結論に至った。以下においては、委員推薦を行う要件とともに、その前提となる現行制度の問題点と提言も併せて記すことにしたい。

2.現状において把握される問題点ならびに提言
1)いじめによる被害や自殺等の重大事態(以下、事案という)が生じた場合、当初の調査は、学校または教育委員会が主体となって行われ、その結論で合意が得られない場合に、第三者委員会が組織されることが多い。しかし、その設置主体は教育委員会であることもあり、必ずしも自治体首長となっていない。学校およびその関連組織である教育委員会は、第三者性に疑義が持たれることも少なくない。したがって、首長もしくはそれに準ずる機関が第三者委員会の設置者となることが不可欠であり、同様の理由から、後述する事務局業務も学校関係者以外の行政職員が担うことが望まれ、委員長からの指示に迅速かつ十分に対応しうる人員が準備される必要がある。
2)第三者委員会の議論は、あらゆる当事者、すなわち、学校や教育委員会、被害および加害が疑われる児童・生徒、その保護者等の意向による影響を受けず、中立の立場で独立して行うことを保証されることが重要である。また、委員は当事者との利害関係がないことが必要であり、例えば、依頼自治体以外から推薦された委員であることは、その要件の一つをなす。
3)事案に至る過程や原因の調査に必要な情報を、収集してまとめていくために必要な仕事は非常に多い。委嘱された専門家で構成される委員がそれを全て担うことは、委員の負担が大きく、第三者委員会の迅速な運営が難しい一因にもなっている。このことを解決するためには、調査対象文書類の収集や調査対象者とのアポイントメント、記録の作成等の事務において、行政職員の積極的な関与が不可欠である。一方、聴き取り調査については、「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針(改訂版)」には、調査組織の構成として、「多数の子どもからの聞き取り調査等を外部の専門家が直接すべて行うのはかなりの時間的制約があると予想される。このため、例えば、聞き取り調査等を行い、事実関係を整理する「調査員」を調査組織の構成員とは別に置いておくなど…」といった記載がある。この指針に述べられている「調査員」は、行政職員ではなく、子どもに対する面接の訓練を受けた専門家(心理士やソーシャルワーカー、弁護士等であって、教員でない者)の中から、任命される必要がある。一方、委員である児童精神科医の主たる役割は、精神医学的な見地から、子どもの状態像(特性や精神状態、家族関係や仲間関係等)の評価および事案との関連について、意見を述べることである。なお、聴き取り調査の結果は、文書ならびに録音などによって保存し、また複数で聴き取り調査を担当するなどの配慮も必要である。
4)調査に当たっては、いじめの有無、その影響のみならず、当該児童の成育歴や家庭環境、仲間関係、特性や精神的不調など、多様な要因が検討されるべきである。他方で、これらは多くのプライバシーを含み、その内容の公表により悪影響が生じることが少なくない。これらのプライバシーについては、加害とされる側と被害を訴えている側、その家族、学校側を含め、十分な配慮がなされなければならないが、プライバシーの扱いは、その自治体の個人情報の取り扱い基準に委ねられることが多い。各自治体が定めた基準を参照しつつ、第三者委員会としての調査結果を公表する際における、プライバシーの保護の観点からの指針が設定されていなければならない。
5)第三者委員会として得られる情報には限界がある。すなわち、司法のような調査権限は無く、任意の意見聴取をもとに事実認定を行うがゆえに報告の信頼性には一定の限界がある。また、他の児童生徒や家族からの情報の聞き取りにおいても、調査が及ぼす心理的影響から、十全な情報の獲得が困難なことも少なくない。加えて、学校生活に関連する要素が事案にどのくらい影響したかという因果関係を明確にすることは容易とはいえない。したがって、第三者委員会の意義とともに、その限界についても認知されなければならない。
6)当事者ならびに第三者委員会関係者の人権についても最大限の配慮がなされるべきである。インターネット上等での情報拡散や人権侵害等に対する対策が講じられる必要がある。当事者が受けている心理的影響に最大限配慮して第三者委員会の役割を果たすことが必要であるが、当事者に対する心理的支援については第三者委員会の役割とは分けて、別に十分な体制を整備することが必要である。また、委員が担当した内容は、第三者委員会の議論の中で共有し、第三者委員会全体の決定として外部へ報告する。報告は、マスメディアに対するものも含めて、すべて委員長が行い、個々の委員は行わず、個々の内容が委員個人の責任に帰せられることがないように配慮する。なお、委員の立場は、設置者により保証され、設置者によって委員の差し替えや退任を求められるべきではない。

3.本学会として委員を推薦するために求める条件
 本学会会員が限られた時間の中で委員として責務を十分に果たすために、本学会は、上述の提言に基づき、以下に示す各条件が満たされている必要があると考える。2.と重複する部分も多いが、実際に委員の推薦を求める際の便宜のため、条件をQ&A形式で掲げる。Qの全てに合致すると本学会が判断する場合に限って、本学会からの推薦が可能になるので参照されたい。
Q1. 設置主体は首長もしくはそれに準ずる機関であるか?
Q2. 事務局は学校関係者以外でかつ教育関係者以外の行政職員により構成され、委員長からの指示に迅速かつ十分に対応しうる人員が準備されているか?
Q3. 事務局の役割が、委員やQ4の調査員の役割と区別されており、業務内容に調査対象文書類の収集や調査対象者とのアポイントメント、記録の作成等を含むか?
Q4. 聞き取り調査を行う調査員が、子どもに対する面接の訓練を受けた専門家(心理士やソーシャルワーカー、弁護士等であって、教員でない者)の中から、任命されているか?
Q5. 第三者委員会への付託事項が明示され、かつ、児童精神科医である委員の主たる役割が、精神医学的な見地から、子どもの状態像(特性や精神状態、家族関係や仲間関係等)の評価および事案との関連について、意見を述べることである旨の、明示がなされているか?
Q6. 委員会の独立・中立性が設置要領等に明記されており、設置主体がその独立・中立性を守ることが保証されているか?
Q7. 委員になることによる負担(時間と頻度、業務内容)や報酬等の諸条件があらかじめ依頼文書に明記されているか?
Q8. 第三者委員会の決定は委員会全体が責任を負うものであり、委員個人の責任が問われたり、委員の辞任や差し替えを求められたりしない体制がとられているか?
Q9. 調査のために当事者あるいは関係する児童生徒に心理的悪影響が生じた場合、それを支援する体制が、第三者委員会とは別に構築されているか?
Q10. 調査内容の公表に当たり、当事者や家族のプライバシーが尊重されるよう、個人情報保護の指針が整備されているか?
Q11. 第三者委員会には強制調査の権限がなく、そのため経緯の解明においては、その意義の一方で限界があることについて、理解しているか?
Q12. 当事者ならびに第三者委員会関係者の人権についても最大限の配慮を要することを認識しており、インターネット上等での情報拡散や人権侵害等が生じた場合、有効な対策を講じる準備が整っているか?

4.本学会の役割
 本学会は、3.に示した要件を満たす委員推薦依頼に対し、依頼自治体以外の学会員から適任者を選択し、内諾を得て推薦する。推薦後は、その後の状況について適宜把握し、推薦要件に反する事態が発生した場合には、設置主体に対して改善の申し入れを行い、なおも状況が改善しない場合には、委員の推薦を取り消すこととする。委員としての身分や活動条件に関する問題については、必要に応じて理事会で検討する。以上の業務はすべて、教育に関する委員会が担当し、理事会に報告する。
 なお、第三者委員会での本学会会員の活動から得られた経験を本学会として蓄積し、今後、第三者委員会において本学会会員がより適切な役割を果たせるよう、教育に関する委員会が情報及び知識を提供するものとする。

文献
1.文部科学省(2011)子どもの自殺が起きたときの調査の指針,32-54.平成22年度児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議審議のまとめ.http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/063_1/gaiyou/1306734.htm
2.文部科学省(2013)いじめ防止対策推進法.http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1337219.htm
3.文部科学省(2014)子供の自殺が起きたときの背景調査の指針(改訂版).http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/063_5/gaiyou/1351858.htm
4.文部科学省(2017)いじめの防止等のための基本的な方針.http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302904.htm