2017.12.3父母の離婚等の後における子と父母との継続的な関係の維持等の促進に関する法律案に関する声明

2017年12月3日

父母の離婚等の後における子と父母との継続的な関係の維持等の促進に関する法律案に関する声明

一般社団法人日本児童青年精神医学会 代表理事 松本英夫
同 福祉に関する委員会 委員長 金井 剛
担当理事 奥野正景、森岡由起子
委員 井出 浩、小野善郎、
黒崎充勇、杉村共英、
藤田美枝子、
山本 朗(本件担当)

 平成28年12月13日「父母の離婚等の後における子と父母との継続的な関係の維持等の促進に関する法律案【未定稿】修文案(以下「同法案」)」が親子断絶防止議員連盟の総会で承認され公表された。この法律の目的は、同法案第1条に「父母の離婚等の後においても子が父又は母との面会及びその他の交流を通じて父母と親子としての継続的な関係を持つことができるよう、父母の離婚等の後における子と父母との継続的な関係の維持等に関し、基本理念及びその実現を図るために必要な事項を定めること等により、父母の離婚等の後における子と父母との継続的な関係の維持等の促進を図り、もって子の利益に資すること」と示されている。
 法案の目的は重要であるが、同法案にはいくつかの問題点や危険性がある。例えば同法案は、離婚後の子どもと別居親との継続的な関係の維持が子の利益に資することを前提としているが、親子関係は多様であり、別居親が虐待やDV(ドメスティックバイオレンス)の加害者である場合などは、面会交流が子どもの利益を損なう危険性は高い。同法案でも第9条に(子の最善の利益に反するおそれを生じさせる事情がある場合における特別の配慮)として「前3条の規定の適用に当たっては、児童に対する虐待、配偶者に対する暴力その他の父又は母と子との面会及びその他の交流の実施により子の最善の利益に反するおそれを生じさせる事情がある場合には、子の最善の利益に反することとならないよう、その面会及びその他の交流を行わないこととすることを含め、その実施の場所、方法、頻度等について特別の配慮がなされなければならない。」とあり、別居親が虐待やDVの加害者である場合などの面会交流の実施については配慮の必要性がうたわれている。ただし、本条文では「特別の配慮」の決定機関や方法が明示されておらず、実効性に乏しく、別居親が虐待やDV加害者である場合、子どもや同居親の安全・安心を確保できるとは言いがたい。また諸外国に比べ協議離婚が主流の我が国では、別居親が虐待やDVの加害者である場合など、力が不均衡な当事者間での取り決めを許容すれば、被害者が加害者に圧倒され、子どもと同居親の不利益になる取り決めを強いられる危険性もある。そのような当事者を支えるため、同法案第6条第2項・第3項に国・地方公共団体による支援、第10条に民間団体の活動に対する支援がうたわれているが、その程度や実効性は明らかでない。
 1994年に日本が批准した子どもの権利条約では、子ども自身が権利を行使する主体となることを基礎として、子どもの成長発達のために必要とされる保護や援助を、子どものあらゆる生活領域で保障している。平成28年に改正された児童福祉法第1条でも「全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのっとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する。」として、子ども自身が権利の主体ということが明確にうたわれている。本学会は、子どもの権利を最大限尊重するという理念を基本に、同法案の前述の問題点や危険性に鑑み、声明を発表し、同法案の慎重な議論を求めるものである。

1)被虐待体験のもたらす子どもへの影響について
 被虐待体験は、子どもの脳の発達や心理および行動面等に長期間にわたって大きな負の影響を与え得ることが近年の脳科学などの進歩によって明らかになっている。虐待を受けて育った子どもたちは、一般的に不安感が高く、自信や自尊心の低下、抑うつなどの情緒的問題を示すことが多い1)ことなどが分かっている。両親間のDVに曝されることも心理的虐待の一種であり、このような体験を持つ子どもたちにおいても、精神健康面でさまざまな悪影響がみられることがある2)。また、これまでのMRI研究では、海馬、扁桃体、脳梁、小脳などのさまざまな脳部位に被虐待体験と関連した形態変化が認められている3)。友田らの研究結果では、小児期に身体的虐待の一種である厳格な体罰(頬への平手打ちやベルト、杖などで尻を叩くなどの行為)を長期かつ継続的に受けた人たちの脳では、脳の前頭前野の一部である右前頭前野内側部の容積が平均19.1%減少する4)ことや、小児期にDVを目撃(平均4.1年間)して育った人では、脳の視覚野の容積が平均16%減少する5)といった脳の器質的変化が示されている。この研究では18歳から25歳の若者が被験者となっており、身体的虐待やDV目撃の脳への影響が長期間残存することも示唆されている。
 また、虐待の影響と考えられる症状がいったん軽快したかのようにみえても、環境変化や子どもの発達的変化に伴って症状が出現することもある。滝川らは、情緒障害児短期治療施設入所児童を対象に4年間の縦断調査を実施した6)。それによれば、入所後6か月の間には、あらゆる症状に大きな改善がみられたが、入所前には存在しなかった症状が出現する場合もあったという。さらに自信のなさなどの問題の改善は長引き、施設退所時点でも一定の割合で存在していた。以上述べてきたように、被虐待体験は長期間にわたって子どもの心理および行動面等へ大きな負の影響を与え得る。この事実を重視すべきであり、子どもにとって安全、安心な期間を十分に保障する必要がある。

2)被虐待体験が与える子どもの意思表明への影響について
 BancroftとSilvermanによれば、暴力と優しさが交互に現れるDV事例の場合、加害者である父親と被害者である母親および子どもとの間に外傷性の絆が形成され、子どもは暴力を目撃しているうちに、母親に対する父親の歪んだ見方に同化していくこともあるという2)。また、被虐待体験のある子どもは虐待を受ける環境で生き抜くためなどの心理的背景から、虐待を否認することもあり、犬塚らの調査によれば、虐待のため児童相談所で一時保護中の子どもの31%が虐待を否認していたという7)。同法案第2条第2項に「父母の離婚等の後における子と父母との継続的な関係の維持等に当たっては、子にその意思を表明する機会を確保するよう努め、子の年齢及び発達の程度に応じてその意思を考慮するとともに、(以下省略)」とある。子どもの意思表明権を尊重する姿勢は法案の主旨ではある。しかしながら、被虐待体験を持つ子どもの場合、虐待の加害者が別居親であったとしても、同居親であったとしても、支配―被支配の関係性に満ちた生活を経験する中で、前述のBancroftとSilvermanや犬塚らの知見に示されるような心理が生じ、その意思形成過程と意思表明に大きな影響を及ぼす可能性がある。表面上の言動ではなく、このような子どもの複雑な心理を理解するためには高い専門性が求められる。また、子どもとの面接においては、面接者が様々な先入観や思い込みの影響を受け、子どもの誤った報告を誘導する危険性も指摘されており8)、このような問題に関する認識をしっかりと持った専門家が面接を行い、子どもの意思を丁寧に確認する必要もある。子どもの意思確認は専門家の介入により0歳から可能であり必要であることは諸外国における実践から明らかでもあり、子どもの権利条約でもそれが前提となっている。以上より、被虐待体験を持つ子どもの面会交流の実現に際しては、子どもが面会交流を希望することを基本的な前提としつつ、子どもの意思とその形成過程を児童精神科医や児童心理士等の専門家が確認する必要がある。さらに意思確認後、子どもの安全と意思を再度確認(半年を目途に)すべきである。

3)面会交流の子どもへの意義と影響について
 別居親との子どもの面会交流が子どもにもたらす意義については、WallersteinとKellyらの米国での研究が参考になる。別居の早い時期から面会交流が行われた離婚60家族の子ども131人に、親の離婚に対する気持ちの聞き取り調査が行われた。その結果、離婚後の子どもと別居親との頻繁かつ継続的な接触の重要性、特に別居親である父親と良い関係を維持することが、子どもの精神的健康にとって重要であるとされた9)。つまり、良い関係で別居親と面会交流できることは、子どもの利益になる可能性がある。しかし、別居親が虐待やDVの加害者であり、被虐待体験のある子どもの場合、良い関係の構築が困難なだけでなく、子どもが面会交流によって負の影響を受ける危険性も高い。生じ得る負の影響として、別居親が一貫性のない行動を取り、母の権威を貶めるなどすることで、子どもの心理を大きく傷つけ、同居中の母子関係に多大な悪影響を与えることなどさまざまな要素が指摘されており2)、子どもの権利を守るという観点からも看過できない問題である。以上より、面会交流によって生じ得る負の影響に関しても専門家による判断が必要である。また専門家は家庭裁判所などの管轄機関からの委託を受け、中立性を担保された存在であるべきである。つまり、面会交流は、中立性を担保された専門家が関わり、慎重かつ客観的判断を踏まえて実現されねばならない。なお、第三者機関の整備や子どもの手続代理人の効果的運用といった、面会交流を継続して支援するシステムの構築と充実も不可欠であると同時に、子どもに対しては権利ノートの交付などにより継続的で具体的な支援が展開されることが必要である。

4)同居親への支援について
 別居親が虐待やDVの加害者である場合には、同居親が子どもの面会交流に抱く不安や心の動揺は大きく、同居親のこのような心は子どもの心理に負の影響を与えると思われる。つまり、同居親の心のケアは安全・安心な面会交流を支えるために不可欠である。また、同居親がDV被害者である場合には強い心的外傷を負っており、加害者からの逃避後も精神的症状を抱えることが少なくない10)。離婚後の子どもの回復の促進には、母子関係の回復の支援が重要とされる11)ことも踏まえると、同居親の心のケアは、同居親と子どもの関係回復の支援、子どもの回復と成長に結びつく大きな役割を持つ。なお、2013年国民生活基礎調査によれば、我が国のひとり親家庭の貧困率は54.6%とされ、離婚後のひとり親家庭は経済的に不安定で、同居親にゆとりがないことも多い。離婚後の生活に子どもが適応できるかどうかは、「全般的な生活の質」にかかっているともされる2)。養育費の確実な支払いや経済的支援も含め、ひとり親家庭の生活への支援の充実も欠かせない。以上より、安全・安心な面会交流の実現のためには、このような困難にある同居親の心をケアし、ひとり親家庭の生活を支える総合的支援の整備が必要かつ急務である。

5)まとめ
 被虐待体験のもたらす子どもへの影響、被虐待体験が与える子どもの意思表明への影響、面会交流の子どもへの意義と影響、同居親への支援について考察した結果、本学会は同法案について以下の意見を述べる。
(1)被虐待体験は長期間にわたって子どもの心理および行動面等へ大きな負の影響を与え得る。この事実を重視し、子どもにとって安全、安心な期間を十分確保する必要がある。
(2)被虐待体験のある子どもの面会交流については、以下の4点を最大限考慮する必要がある。
①被虐待体験が子どもの意思形成過程と意思表明に及ぼす影響を認識し、面会交流の実現に際しては、子どもが面会交流を希望することを基本的な前提としつつ、子どもの意思とその形成過程を児童精神科医や児童心理士等の専門家が確認する必要がある。そして、意思確認後半年を目途に、子どもの安全と意思を再確認すべきである。
②子どもが面会交流によって負の影響を受ける危険性も高く、負の影響に関して専門家による判断が必要である。
③面会交流は、家庭裁判所などの管轄機関からの委託を受け中立性を担保された専門家が関わり、慎重かつ客観的判断を踏まえて実現されねばならない。
④第三者機関の整備や子どもの手続代理人の効果的運用といった、面会交流を安全に継続して支援するシステムの構築と充実も不可欠であると同時に、子どもに対しては権利ノートの交付などにより継続的で具体的な支援が展開されることが必要である。
(3)安全・安心な面会交流の実現のためには、同居親の心をケアし、ひとり親家庭の生活を支える総合的支援の整備が必要かつ急務である。

以上

<参考文献>
1)Corby B. Child Abuse: Towards a Knowledge Base. Berkshire: Open University; 2000/萩原重夫(訳).子ども虐待の歴史と理論.東京:明石書店;2002
2)Bancroft L & Silverman JG. The Batterer as Parent: Addressing the Impact of Domestic Violence on Family Dynamics, Sage Publications, Inc; 2002/幾島幸子(訳)DVにさらされる子どもたち―加害者としての親が家族機能に及ぼす影響.東京:金剛出版;2004
3)友田明美.いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳.東京:診断と治療社;2006
4)Tomoda A, Suzuki H, Rabi K et al.: Reduced prefrontal cortical gray matter volume in young adults exposed to harsh corporal punishment. Neuroimage 47 Suppl 2: T66-71, 2009
5)Tomoda A, Polcari A, Anderson CM. et al.: Reduced visual cortex gray matter volume and thickness in young adults who witnessed domestic violence during childhood. PLoS One 7: e52528, 2012.
6)滝川一廣ほか.「児童虐待に対する情緒障害児短期治療施設の有効利用に関する縦断的研究」平成16年度研究報告書.横浜:子どもの虹情報研修センター;2005.
7)犬塚峰子ほか.児童相談所における子ども・家族のアセスメントに関する研究―児童相談所で保護した被虐待児の前方視的追跡調査.厚生労働科学研究(子ども家庭総合研究事業)「児童福祉機関における心理的アセスメントの導入に関する研究」平成15年度研究報告書.2004.
8)Rutter M et al.: Rutter’s Child and Adolescent Psychiatry 5th edition/長尾圭造ら(監訳).新版児童青年精神医学.東京:明石書店;2015
9)Wallerstein JS & Kelly JB: Surviving the Breakup: How Children and Parents Cope with Divorce. New York, Basic Books; 1980
10)奥山眞紀子.被虐待児の治療方法と治療構造.齋藤万比古(総編集).子どもの心の診療シリーズ(5)子ども虐待と関連する精神障害.179-198.東京:中山書店;2008
11)Erickson J & Henderson M: Diverging realities: Abused women and their children. In J. Campbell (ED.), Empowering survivors of abuse: Health care for battered women and their children. Thousand Oaks, CA: 138-155, 1998