2016.09.04少年法適用年齢引き下げに反対する声明
―適用年齢はむしろ引き上げられるべきである―

2016年9月4日

少年法適用年齢引き下げに反対する声明
―適用年齢はむしろ引き上げられるべきである―

一般社団法人日本児童青年精神医学会
代表理事 松本英夫
同 子どもの人権と法に関する委員会
委員長 高岡健

はじめに
 平成27年9月17日、自由民主党政務調査会は、同党成年年齢に関する特命委員会による提言を踏襲した「成年年齢に関する提言」(以下「提言」という)を発表した。提言には、少年法に関し、次の3点が記されている。(1)国法上の統一性や分かりやすさといった観点から、少年法の適用対象年齢を、満18歳未満に引き下げるのが適当である。(2)満18歳以上満20歳未満の年齢層を含む若年者のうち、要保護性が認められるものに対しては、保護処分に相当する措置の運用ができるようにする。(3)法務省においては、若年者に関する刑事政策の在り方について、法制的検討を行う。
 一方、法務省は「若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会」(以下「勉強会」という)を立ち上げ、平成27年11月2日の第1回を皮切りに、平成28年7月末までに計10回のヒアリング及び意見交換が行われている。勉強会のヒアリング出席者の少年法に関する考え方は多様であり、適用年齢引き下げに対しても賛成・反対・その他の意見がみられる。
 本邦における若年者の非行率は諸外国に比べ少なく、第二次世界大戦後は時期による増減はありながらも全体としては減少を続けており、その意味では少年法「改正」を論じる必然性は乏しい。にもかかわらず少年法のさらなる「改正」が議論されている現在、児童青年精神医学の立場からは、少年法の適用年齢引き下げが、とりわけ児童虐待をはじめとする不適切な養育環境で育てられた子どもと若者や、知的能力障害・自閉スペクトラム症などの発達障害を有する人々に及ぼす影響を、考察せねばならない。
 日本児童青年精神医学会は、上記提言と勉強会の内容を検討した結果、少年法適用年齢引き下げについて、以下のとおり反対意見を表明するものである。なお、ここでは18歳および19歳の少年をあわせて「年長少年」と呼ぶ。

1 適用年齢引き下げが年長少年に及ぼす影響について
1-i 比較的軽微な非行を引き起こした年長少年に関して

 家庭裁判所へ送致された少年の約半数が、年長少年である。そして、年長少年の惹起した非行の多くは、犯罪白書で凶悪犯とされる殺人・強盗等に比して軽微な、窃盗・横領・傷害といった罪名に該当する非行である。これらの少年は家庭裁判所で事実上の教育的な働きかけを受け審判不開始ないし不処分となる場合が最も多く、保護観察や少年院送致などの保護処分となる場合がこれに次いでいる。これらの少年に対し少年法が適用されなくなれば、そのうちの大多数が起訴猶予もしくは罰金刑となり教育的働きかけがなくなるため、少年本人のみならず社会にとっても深刻な問題を産むことが指摘されている(「少年法適用年齢の引下げに反対する刑事法研究者の声明」)。附記するなら、審判時説に基づく限り、少年法適用年齢の引き下げによる影響は、年長少年のみならず非行時17歳の少年の一部にも及ぶ。したがって、ここで指摘されている深刻な問題が生まれる範囲は、さらに広がることになる。
 非行少年の生育史に虐待や不適切養育が多く認められることはよく知られているが(法務省法務総合研究所,2001)、家庭裁判所によるケースワーク機能が用いられなくなると、親子関係の修復が不可能になるばかりか、生育過程における心的外傷に対する手当てがないまま放置される結果になりやすい。また、軽微な非行を起こした年長少年には発達障害を有する者が少なからず含まれ、その中には家庭裁判所へ送致されてはじめて障害が診断される場合すらある。この点は、精神疾患についても同様である。ところが、少年法が適用されなくなれば、事件の調査を「医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的智識特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用して」(少年法9条)行うことは不可能になるから、虐待・不適切養育や障害・疾患が等閑視されたまま単なる形式的処遇が与えられるだけの結果に陥り、およそ更生にはつながらないであろう。
1-ⅱ いわゆる重大事件を引き起こした年長少年に関して
 少年法の2000年「改正」により、犯行時16歳以上の少年が故意の犯罪行為により死亡させた場合は原則として検察官に送致(以下「検送」という)することになった。他方で、「犯行の動機及び態様、犯行後の情況、少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときは、この限りでない」との但し書きがある。
 われわれが直接的に知りえた非行事件でも、解離性障害を有する年長少年による殺人の事例や、自閉スペクトラム症を有する年長少年が惹起した放火の事例で、保護処分とされ少年院や発達障害者支援センターなどの支援を受け処遇された結果、良好な経過をたどった場合が認められる。また、最近の伊勢市における高校3年生殺害事件に関する報道によると、18歳の加害少年は、いわゆる責任能力は有しているものの「正常な判断が困難な中、親しい関係の生徒から殺害を依頼された」という理由で少年院送致となっている。これらの年長少年に少年法が適用されなければ、心神耗弱か心神喪失に相当するほどの精神状態にあったと認められない限りは、刑事施設において刑罰のみが与えられるしかなくなる。そうなると、加害年長少年は治療から遠ざけられ、再非行のリスクは軽減されないままとなるであろう。

2 青年(若年成人)層を設ける考え方について
 冒頭に記したように、提言には、年長少年に対する保護処分の併用という考え方が含まれていた。このことに関連して、第1回勉強会の出席者である藤本哲也・中央大学名誉教授は、ヨーロッパ諸国を参考に、①18歳から21歳までを青年(若年成人)層とし、②この層では保護手続と刑事手続を選択可能とする私見を提出している(ただし、選択するのが誰であるかは明示されていない。このような方法を提案する場合は、家庭裁判所に決定権があることを明示すべきである)。
 まず、①について、「少年法適用年齢の引下げに反対する刑事法研究者の声明」は、18歳以上21歳未満の青年層を少年法適用年齢にかかわりなく少年と同様に扱う国としてイタリア・オーストリア・ドイツを挙げるとともに、青年層に対する特別措置を講じている国としてオランダ・スペイン・スイスを挙げ、とりわけスイスにおいては特別措置の対象年齢が25歳にまで及ぶことを指摘している。
 少年法適用年齢を実質的に21歳または25歳にまで引き上げるという考え方自体は、検討に値する。平成23年版犯罪白書によると、少年院を出院した年長少年を対象とした特別調査の結果、出院後に刑事処分を受けた者の初回犯行時年齢は20歳が最も多く、また約8割が20歳代の第1四半期(20歳~22歳6か月)までに初回犯行に及んでいる。これらの事実から、「再犯防止に向けた総合対策」(犯罪対策閣僚会議,2012)は、「少年期から成人後数年間における再犯防止対策の重要性を示しており、他の年齢層と比べて可塑性に富み、社会復帰のための環境も整いやすいことを踏まえ、少年・若年者に焦点を当てた取組を強化する必要がある。」と指摘している。この指摘にみられる、年長少年の更生と20歳代はじめの青年の更生が連続したものであるという考え方は、児童青年精神医学の立場からも首肯できる。われわれが検討した事例の中にも、少年院を仮退院中であった21歳の青年が、精神疾患ゆえに惹起した犯罪の例が含まれており、それ以外にも少年非行と同一の特徴を持つ青年犯罪の事例は少なくない。また、第7回勉強会で当学会会員も言及している海外での研究は、5~25歳の年齢を通して脳が発達することを示しており、21歳ないし25歳よりも下の年齢で成人であると定義する根拠は薄れる。したがって、少年法適用年齢は、引き下げではなく引き上げの方向で検討されるべきであるといえよう。
 さらに、②について、「少年法適用年齢の引下げに反対する刑事法研究者の声明」は、ドイツにおいて裁判所が少年法と一般刑法のどちらを適用するかを決定する制度がとられているのは、もともと青年層に少年法を全面適用するまでの過渡としてであるから、安易にこのような制度を導入すべきではないと主張している。
 すでに少年法は、重大事件を起こした16歳以上の少年の検送を原則とし、保護処分を例外とする、選択的適用を行っている。年長少年に対する少年法と刑法の選択的適用が適切と考えるのであれば、前提として現在までの原則検送が少年の更生にとって有効かつ適正に機能しているか否かを先に検証すべきである。このような検証のないまま保護手続と刑事手続の選択を導入するなら、それは少年の更生を軽視した安易な導入に陥るおそれが大きい。

まとめ
 少年法の適用年齢引き下げが、児童虐待をはじめとする不適切な養育環境で育てられた子どもと若者や、知的能力障害・自閉スペクトラム症などの発達障害を有する人々に及ぼす影響を考察した結果、以下の理由から日本児童青年精神医学会は適用年齢引き下げに対して反対意見を表明する。
(1)比較的軽微な非行を引き起こした年長少年に少年法が適用されなくなれば、虐待・不適切養育や障害・疾患が等閑視されたまま単なる形式的処遇が与えられるだけの結果に陥り、更生にはつながらない。また、いわゆる重大事件を引き起こした年長少年に少年法が適用されなくなれば、必要な治療から遠ざけられ、再非行のリスクは軽減されないままとなる。
(2)年長少年に対し少年法と刑法の選択適用を行うのであれば、少年法適用年齢は引き上げの方向で検討されるべきである。また、現行の原則検送が少年の更生にとって有効かつ適正に機能しているか否かの検証を、欠かすことはできない。

以上