平成24年11月12日
児童・青年期における向精神薬の併用に関する注意喚起
日本児童青年精神医学会 理事長 齊藤万比古
薬物療法に関する検討委員会 委員長 傳田健三
各位
新聞等でご承知の通り、本年10月に10歳の男児が日本脳炎ワクチンを接種した5分後に心肺停止をおこし、約2時間半後に死亡が確認されたという事例が報道されました。
本件については、平成24年10月31日に開催された第7回厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会日本脳炎に関する小委員会でも検討され、その内容が公表されております1)。
資料によりますと、児童は幼児期より広汎性発達障害と診断され、平成23年より児童精神科に通院、薬剤の変更を経て、平成24年6月よりピモジド製剤とアリピプラゾールにて内服加療、9月前記2剤に塩酸セルトラリンを追加投与し、内服薬3剤を併用していたとのことです。小委員会では、日本脳炎ワクチン接種後にアナフィラキシーショックを示唆する症状が確認されていないことから、その可能性を完全には否定できないものの可能性は低い。一方、アリピプラゾール2)、ピモジド3)、塩酸セルトラリン4)では、添付文書において心電図異常の可能性が報告されており、とりわけ塩酸セルトラリン4)についてはピモジド製剤と併用で、ピモジドの血中濃度が上昇し、ピモジドによる心電図QT時間延長を引き起こすリスクがあることから両者の併用禁忌とされており、これらの薬剤の相互作用により心停止を呈した可能性は否定できない。先天性あるいは薬剤の副作用として患児にQT延長が生じていた場合、予防接種を実施したことによる強い痛み刺激が心停止をおこした可能性については完全には否定できない、ただし、予防接種実施時の身体拘束による突然死の可能性も否定できず、一概に薬剤に起因するとはいえない、などの見解が記載されております。いずれも原因とは特定しておらず、発見時までの詳細な医学的所見や心電図所見、剖検所見、薬剤血中濃度など、より詳細な医学情報が求められるとしています。
本学会、および当委員会としましては、上記の小委員会資料以外の情報がない現状で、本児の死亡と投与薬剤等の関係についてはあくまで推測の域を出ないことから、何らかの見解を示しうるものではありません。しかしながら、今回このような事例が生じたという事実を踏まえ、会員諸氏には併用禁止薬について,下記のごとくより一層の注意を喚起したいと思います。
肝チトクローム酵素CYP3A4で主として代謝されるピモジドやアリピプラゾールは、CYP3A4に対する阻害作用を軽度に有する塩酸セルトラリン等との併用下で血中濃度が上昇する可能性があります。しかし、塩酸セルトラリン併用下におけるピモジドの血中濃度上昇は、CYP3A4阻害作用以外の機序による可能性も示唆されています5)。ピモジドはP糖タンパク質の基質であり6)、塩酸セルトラリンはP糖タンパク質を阻害することから7)、ピモジドの血中濃度を上昇させる可能性もあります。
会員諸氏におかれましては、薬剤の併用による相互作用がもたらす副作用リスク、とりわけ併用禁止薬の併用を回避するようご注意いただきますとともに、向精神薬を併用する理由とともにそのリスクについても説明し、必要に応じて投与前後の心電図等のモニタリングを励行なさいますよう推奨する次第です。
文献
1) 厚生労働省:第7回厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会日本脳炎に関する小委員会資料 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ndoo.html (最終アクセス2012年11月8日)
2) 大塚製薬株式会社:エビリファイ錠・散 添付文書(2012年1月改訂)
3) アステラス株式会社:オーラップ錠・細粒 添付文書(2011年3月改訂)
4) ファイザー株式会社:選択的セロトニン再取り込み阻害剤ジェイゾロフト錠 添付文書(2012年9月改訂)
5) Alderman J: Coadministration of sertraline with cisapride or pimozide: an open-label, nonrandomized examination of pharmacokinetics and corrected QT intervals in healthy adult volunteers. Clin Ther 27 (7):1050-1063, 2005
6) Dresser GK, Spence JD, Bailey DG: Pharmacokinetic-pharmacodynamic consequences and clinical relevance of cytochrome P450 3A4 inhibition. Clin Pharmacokinet 38(1):41-57, 2000
7) Weiss J, Dormann SM, Martin-Facklam M, et al.: Inhibition of P-glycoprotein by newer antidepressants. J Pharmacol Exp Ther 305(1):197-204, 2003