設立に至る経緯
20世紀の初頭、名古屋大学医学部精神科および東京大学医学部脳研究室に児童部が開設された。戦後、児童福祉法の制定によって児童相談所が設置されるとともに、国立国府台病院(現、国立国際医療研究センター国府台病院)児童病棟、東京都立梅ヶ丘病院(現、東京都立小児総合医療センター)が開設され、国立精神衛生研究所に児童精神衛生相談部が設置された。
1950年代後半から、幼児自閉症および学校恐怖症の症例報告がなされはじめ、児童精神医学への関心が一気に高まってきたなかで、1958年、日本精神神経学会に「児童精神医学懇話会」が創設され、多くの研究者・臨床家が参加した。1960年に雑誌「児童精神医学とその近接領域」が創刊されたのを機に、同懇話会が発展的に解消して「日本児童精神医学会」が設立された。
設立後の経緯
1960年代には、精神科医療や医局講座制、それを支える学会のあり方などを巡って全国的に活発な議論が行われた。本学会においても、1969年には学会総会が討論集会に切り替えられ、学会改革委員会が組織された。学会が現場の医療と乖離しており、精神医学的課題を抱えた児童に適切な処遇が行われておらず、社会にも差別や抑圧の構造があるにもかかわらず、専門家としてそれに向き合うことが十分でないという批判がなされた。
1970年代後半より青少年の心の健康に関する関心が高まり、乳幼児期から青年期までを視野に入れた研究領域が必要となり、1982年、学会名を「日本児童青年精神医学会」に変更し、学会誌名も「児童青年精神医学とその近接領域」とした。
1990年7月、アジアではじめて、国立京都国際会館において第12回国際児童青年精神医学会(IACAPAP)を開催し、1996年4月には、本学会が中心となってアジア児童青年精神医学会(ASCAPAP)を創設し、東京・虎ノ門パストラルで第1回学会を開催した。ASCAPAPは、1999年にソウル(韓国)、2003年に台北(台湾)、2006年にマニラ(フィリピン)、2008年にシンガポール(シンガポール共和国)、2010年に北京(中国)、2013年にニューデリー(インド)、2015年にクアラルンプール(マレーシア)、2017年にジョグジャカルタ(インドネシア)、2019年にチェンマイ(タイ王国)で開催され、発展的成長を遂げてきた。そして本学会は、2023年5月に京都国際会館において第11回アジア児童青年精神医学会(ASCAPAP2023 in Kyoto, Japan)を “Broadening Perspectives in Child and Adolescent Mental Health – New Frontiers of Research and Practice in Asia” の大会テーマのもと開催し、18の国と地域から多数の参加を得て盛況を博した。2025年は韓国で開催される予定である。
日本児童青年精神医学会は、子どもの心の健康に関わるあらゆる職種によって構成され、児童青年精神医学領域における研究と臨床の実践に邁進してきた。本学会が、児童青年精神医学とその臨床活動に責任を負うべき当該分野の基幹学会であることを明らかにし、しかるべき発展を果たしていくためには、法人化に向けて取り組むことが不可欠であった。2010年の第51回総会において本学会を一般社団法人化することが承認され、広く会員に意見を求めて詳細な検討を行ったうえで、2012年の第53回総会において一般社団法人への移行が承認され、2013年4月1日をもって「一般社団法人日本児童青年精神医学会」と名乗ることになった。
本学会はその後も発展を続け、会員数も4650人(2024年4月1日現在)に達し、本領域における主導的な役割を担い続けてきた。年に一回、開催される総会は2024年で第65回に至り、一般口演、ポスターセッション、症例検討、特別講演、教育講演、シンポジウム、委員会セミナーなどにおいて、子どもの心の健康に関する問題を多角的に扱っている。さらに、全国に地方会および関連研究会が設立され、定期的な学術活動を続けている。
これまでの半世紀あまりにわたる歴史の中で、子どもを取り巻く状況は大きく変化し、本学会が取り組むべき課題も多様化してきた。虐待をはじめとする家庭環境や家族支援の問題、特別支援教育やいじめ問題など学校教育に関する問題、情報化社会や貧困と関連した子どもの心の問題、子どもの人権や法に関連した問題、児童福祉や行政施策を巡る問題などである。また、子どもの薬物療法や精神療法などにおいても、エビデンスの構築や合理的な治療の実施、医学研究の発展が求められる一方、医療や研究における倫理や利益相反に関する問題も問われるようになった。本学会は、これらの諸問題について個別の委員会を設置し、その議論を深化させてきた。
また、この間に日本は大きな自然災害にも見舞われた。阪神淡路大震災、能登沖地震、東日本大震災、熊本地震などである。これらの災害は多くの子どもの命を奪い、また子どもの家族や仲間、そして地域における暮らしを奪い、多大な心理的インパクトをもたらした。本学会においても多くの会員がさまざまな形で子どもの心の支援に携わり続けている。
専門性の確立も課題となった。日本児童青年精神医学会は、認定医制度を設け、認定医数も560人(2024年4月1日現在)に達した。一方、専門医制度の導入の動きに応じ、本学会も、子どもの心の診療に関連する4医学会として連携して、2014年2月に「子どものこころの専門医(仮称)制度委員会」を第三者組織として設立し、2020年4月の専攻医研修開始の準備を進めている。会員の生涯教育・研修も重要課題であり、これまで総会等で行ってきた教育セミナーをさらに拡充すべく、生涯教育に関連する委員会を独立に設置した。これらの専門性の確立は、さらに医学教育における児童青年精神医学の位置づけの強化、診療報酬等における専門性の評価とも関連する課題である。
今日の学会活動は、関連する学会や組織との連携、グローバル化と無縁であってはならない。国民的課題としても、21世紀における国民運動としての「健やか親子21」には「児童青年精神医学」の確立が強い社会的要望であることが明らかにされており、この活動においても本学会は中心的な役割を担ってきた。また、「科学的根拠に基づく自殺予防総合対策推進コンソーシアム準備会」においても子どもの心の問題は中心的な課題の一つと考え、積極的な関与を続けている。また、IACAPAPなどの関連する国際学会との協働を重視し、国内はもちろんのこと国際的にも一層の寄与ができるよう学会の近代化と発展に取り組んでいる。