2013年3月29日
大うつ病性障害の小児に対する新規抗うつ薬の投与にかかる添付文書改訂に対する見解
日本うつ病学会 理事長 神庭重信
日本児童青年精神医学会 理事長 齊藤万比古
新規抗うつ薬の添付文書におきましては、日本において小児に対する有効性と安全性が十分に検証されていないことから「低出生体重児、新生児、乳児又は小児に対する有効性及び安全性は確立していない(国内での使用経験がない)」との記載がなされてきました。しかし、海外で実施された18歳未満の大うつ病性障害患者を対象としたプラセボ対照比較試験の結果を受け、エスシタロプラムシュウ酸塩(販売名:レクサプロ10mg錠〔持田製薬株式会社〕)については、「海外で実施された6~17歳の大うつ病性障害患者を対象としたプラセボ対照臨床試験において、6~11歳の患者で有効性を確認できなかったとの報告がある。本剤を12歳未満の患者に投与する際には適応を慎重に検討すること」、塩酸セルトラリン(販売名:ジェイゾロフト錠25mg、同50mg〔ファイザー製薬株式会社〕)、デュロキセチン塩酸塩(サインバルタカプセル20mg、同30mg〔塩野義製薬株式会社〕)、ミルタザピン(レメロン錠15mg〔MSD株式会社〕、リフレックス錠15mg〔Meiji Seika ファルマ株式会社〕)については、「海外で実施された6~17歳の大うつ病性障害患者を対象としたプラセボ対照臨床試験において有効性を確認できなかったとの報告がある。本剤を18歳未満の患者に投与する際には適応を慎重に検討すること」と添付文書に記載されました。またフルボキサミンマレイン酸(ルボックス錠25mg、同50mg、同75mg[アボットジャパン株式会社]デプロメール錠25mg、50mg、75mg[Meiji Seikaファルマ株式会社)]とミルナシプラン塩酸塩(トレドミン錠 12.5mg、同15mg、同25mg、同50mg 他〔旭化成ファーマ株式会社 他〕については、「類薬において、海外で実施された6~17歳の大うつ病性障害患者を対象としたプラセボ対照臨床試験において有効性を確認できなかったとの報告がある。本剤を18歳未満の患者に投与する際には適応を慎重に検討すること」と添付文書に記載されました。なお、パロキセチン塩酸塩水和物では、現行添付文書の「警告」及び「小児等への投与」の項に、18歳未満の大うつ病性障害患者を対象とした海外検証的試験に関する注意喚起が記載済みであるため、このたびの添付文書改訂の対象とはなっていません。
独立行政法人医薬品医療機器総合機構は「新規抗うつ薬(SSRI、SNRI、ミルタザピン)における18歳未満の大うつ病性障害患者を対象とした海外臨床試験に関する調査について」と題する報告書を公表しています。その結果、6~17歳を対象にしたプラセボ対照無作為化試験において、ベースラインから最終評価時までの評価尺度CDRS-R得点の変化量、ならびに、CDRS-Rを用いて調べた反応率について、実薬群とプラセボ群の間で統計学的有意差が認められなかったことから、このたびの添付文書改訂に至りました。しかし、反応率(試験により用いた基準は異なる)をみると、エスシタロプラム群では45.7%に対してプラセボ群では37.9%、セルトラリンについて調べた2試験では、実薬群が62.4%に対してプラセボ群は56.8%、実薬群が75.0%に対してプラセボ群が60.4%(この試験では反応率に実薬群とプラセボ群の間に有意差あり)、デュロキセチンについて調べた2試験では実薬群が67%に対してプラセボ群が62%、実薬群が69%に対してプラセボ群が60%、ミルタザピン群が59.8%に対してプラセボ群が56.8%であり、新規抗うつ薬がプラセボ群に比べて統計学的に有意な効果を認めなかった背景には、プラセボ群の反応率の高さも寄与していることが推察されます。
しかし、児童青年期の大うつ病性障害の追跡研究では、1年以内に自然軽快する場合が多い一方、再燃も多いことなどから、児童青年期の大うつ病性障害は双極性要素を持つ可能性が指摘されています。このことは抗うつ薬の処方開始ならびに増量時に、小児期ないしは若年成人において自殺関連事象が多く認められる、言い換えれば賦活化症候群が生じやすいことと関連して検討されてきました。また、投薬に伴うプラセボ効果も高いことから推測すると、薬物療法のみならず、環境調整や心理的支持を行いながらの注意深い観察や、より積極的な心理的介入の可能性について考慮することが求められます。
また、小児の大うつ病性障害については、抑うつ気分が目立たず焦燥が前景に立つなどの成人とは異なる非定型性、喪失体験、家庭内あるいは仲間関係における問題、とりわけ被虐待やいじめの被害などの心理社会的問題の関与、発達障害の併存などの特徴が指摘されています。これらのさまざまな知見からは、小児における大うつ病性障害の治療に当たっては、心理社会的状況や併存障害を含めたリスク評価、症状経過の丁寧な評価、双極性障害の可能性の検討などの上で診断し、環境調整や心理的支持、綿密な観察の上で薬物療法の要否を見極めることが必要です。投薬後の経過観察、診断や薬物療法のリスク・ベネフィットを確認するという基本的姿勢が大切です。
小児の大うつ病性障害については、認知行動療法や対人関係療法など心理的介入の有効性も示されており、薬物療法が小児の大うつ病性障害に対する唯一の治療法ではありません。しかし、小児の大うつ病性障害には、さまざまな重症度のものが含まれており、なかには心理的介入のみでは不十分なケースもあり、現に薬物療法の有効なケースも認められます。そのような場合には、薬物療法あるいは薬物療法と心理療法の併用を考慮すべきです。
では、薬物療法の必要なケースについて、どのような抗うつ薬使用が望まれるでしょうか。小児の大うつ病性障害に対しては、三環系抗うつ薬の有効性が確認できないことが一貫して報告されており、忍容性の問題等を加味すると、三環系抗うつ薬よりも新規抗うつ薬のほうが望ましいと考えられます。一方、小児の大うつ病性障害に対する抗うつ薬使用のリスク・ベネフィットを検討した英国の規制当局(2003)は、フルオキセチンを除くすべての新規抗うつ薬ではベネフィットがリスクを上回らない(フルボキサミンではデータがなくリスク・ベネフィットのバランスが判断できない)と報告しています。フルオキセチンが承認を受けていない日本の現状においては、すべての薬剤についてリスクとベネフィットのバランスを常に考慮することが求められます。エスシタロプラムについては、6~11歳ではその有効性が確認されていないものの、12歳~17歳では有効性を示すデータが報告されており、米国では12~17歳の大うつ病性障害の治療薬として承認されており、今回の添付文書改正でも他の薬剤とは異なる表現が採用されています。しかし、日本においては小児における有効性と安全性を示す試験がまだ行われていないこと、心電図QT時間の延長などを来すこともあることから、本剤の使用が積極的に推奨されると考えるのも尚早です。現時点においては、いずれかの薬剤を積極的に選択するだけの合理的な根拠はありません。年齢により治療反応性が異なることを踏まえ、慎重に薬物療法を実施することが求められます。
このたびの添付文書改訂によって、薬物療法の可能性が否定されるものではないと考えております。とりわけ、現に抗うつ薬投与を受けて有効性のある小児においては、薬剤を中止することは症状悪化のリスクがあります。また、無効例や忍容性に問題のある例においても急速な中断によって退薬症状を出現する可能性があるために緩徐な減量が求められます。このたびの添付文書改正の情報等に触れた患者、患者家族が自己判断によって服薬を中断することも危惧されます。臨床医は、このたびの添付文書改正の背景を踏まえた説明を行い、患者ならびに患者家族が安心して治療に臨めるよう、心がける必要があります。
そして何よりも重要なことは、プラセボ効果が実薬との差が出ないほど高いことを小児の大うつ病性障害の特徴として理解し、発達的側面や心理社会的状況を含めた多面的な見立てのもとに、まずは心理社会的支援を実施し、必要に応じて薬物療法を検討するという基本的な治療姿勢です。会員諸氏におかれましては、既にそのような視点で治療を実施されておられると存じますが、この機会に改めて確認させていただきたいと思います。